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12月例会
■定時総会 報告
12月13日、「12月定時総会・卒業式」が二洲楼にて執り行われました。今年のエコノミークラブ活動を総括し、卒業年度を迎えた会員の卒業式を行います。

挨拶する相場会長
相場会長挨拶
今日が本年度最後の活動となります。我々三条エコノミークラブの目的は、手帳にも記載してある通り「経営・経済の研究を通して相互研鑽に励み、自企業並びに地元経済の発展に寄与する」ことと、もう一つは「色々な活動を通じて人格を高め、会員相互の親睦を深める」こと。全ての我々の活動はこの二つの目的のために行われます。であるならば、今日この日の活動もこの二つの目的のためであらねばなりません。それはこの一年の皆さんの活動が、この二つの目的のためになされていたかどうか、しっかり振り返らなければいけない日が今日であります。
その場にあたり会長として振り返る言葉が二つ。一つは「エコノミークラブの会員は主体性を持たなければならない」。これは昨年の8月臨時総会で申し上げた言葉です。もう一つは1月の総会で申し上げた、「今年一年、『自己満足』という言葉を忘れてください」という言葉の2点です。
「主体性を持とう」という言葉に関しては、去年の8月の時点ではそういう思いでいました。しかしこの1年半の活動を通じて、「主体性」を持とうとすることはあまり意味のない事なのではないかと感じたことは事実です。それは、本年度5月に講師に来ていただきましたコマスマーケティングの今井進太郎社長が毎月私たちに送ってくれる色々なコラムの中に、「『主体性』は発揮するのだ」とありました。発揮しなくてはならない、それが我々の持つ「主体性」のあるべき姿だと思います。得てして自分はこう思う、自分はこんなことができると生意気に口だけは立派なことが言えるのですが、「主体性」を持つことができても、それを活動の中に反映させることがなかなかできない、できていない。批判・評論家体質だけはしっかりと身につけたまま、行動することを忘れてしまっている気がします。「行動主義であるべきだ」ということが、今年一年振り返って感じることの一つです。
もう一つの「『自己満足』を忘れる」ことについて。なぜ「自己満足」を持ってはいけないか?それは我々の成長に邪魔になるから。「自己満足」に浸っているから、我々は一歩も二歩も前に行けなくなる。自分にリミットをかけてしまう。そんな思いがあります。我々には目的があって、そのためにプロセスがある。「主体的であろう」とか、「主体的を発揮する」とか、「『自己満足』は忘れる」ということは、全て目的に対するプロセスであって、そんなことにこだわっている場合ではない。目的は目指すためにあるのです。いかに主体性を発揮できたか、色々な活動にかかわっていく中で自己満足に浸っていなかったか、今日皆さんに今年一年を振り返ってもらいたいと思います。
我々はそれほど長くはないかもしれませんが生きてきて、自分の楽しい事、好きな事、気持ちいい事だけはすごく一生懸命にやるマスターベーション体質は確実に根付いています。辛い事、厳しい事、嫌な事でも我々にとって必要な事から逃げて通る、そんな体質も若干身に付いているのかもしれません。我々は確実に目的主義であらねばなりません。そのためにはどんなプロセスを厭わずにやらねばならない。それがこの一年を通じて思ったことです。
昨日、今年一年を象徴する一字は「変」と発表されました。この「変(=Change)」をどう捉えるか。「『時間』は追われるものではなく追うものである」という言葉がありますが、「変化」も追われてはいけない、追うものでなくてはならない。我々は変化を追っていかなくてはならない。時間も活動もそうです。我々は常に追われるのではなく追わなければならない。それは、まず自分がしっかりと地に足付けて、どこを目指したいか目標をしっかり持っていなければ追えるものではないと思います。今日はしっかり一年を振り返って、自分がどんなところに足をつけていたか、どんな所を目指そうと思ったか、しっかり振り返る一日であってほしいと思います。
一年間、生意気ながら、自分ができないことを棚に上げながらこの場から皆さんに生意気な事を言ってきました。それは自分が出来の悪い会員で、皆さんにその二の足を踏んで欲しくなかったから。それが私が一年間会長を務めさせてもらった理由だと思います。私のような口だけは立派で、行動を起こすことはない会員になってはいけません。それが私が皆さんに話す最後の会長としての言葉です。
この後議事進行に移り、今年度次年度予算案、次年度会長方針案、次年度予算案等が承認されました。

議事進行の模様

優良会員表彰

2009年度会長方針案を発表する湯本次年度会長
<2009年度 会長方針>
我々は、各企業の代表として三条エコノミークラブに所属するものであり、次に掲げる四つの精神を念頭に置き、自企業の繁栄に努めることは本より、会員相互において競争意識を持ち、刺激し合いながら信頼関係構築を求め続け活動する。
力戦向上の精神
与えられた使命の達成には、力戦、力闘が重要であり
この精神なくては、何事も勝ち得られない。
和衷協同の精神
心を同じく、共に力を合わせるこの精神こそが
成功と達成感に繋がる。
報恩報謝の精神
感謝の念を表すことは、限りない喜びと活力を与えるもので
如何なる難関、難儀も克服する根源となる。
情義信頼の精神
互いに情を持ち、義を尽くして接すれば
そこに信頼が生まれる。
続いて各グループリーダー・委員長が前に並び、今年担当した本例会や活動について講師から頂いた色紙を手に総括をしました。

担当した本例会で講師から頂いた色紙を手に整列する各グループリーダー・委員長

相場会長から今年の活動を総括した言葉が書かれた色紙が渡されました。

相場会長にサプライズで記念のタオルを贈呈。定時総会は無事終了し、その後卒業式が開始されました。
■卒業式
定時総会が終了した後、定年を迎えた会員の卒業式が行われました。

入場する卒業生

(左から)小林吾郎君、野島隆志君、山口恭典君

祝辞を述べる相場会長
冒頭に相場会長より祝辞が贈られました。
(相場会長 祝辞)
卒業生の皆様、ご卒業おめでとうございます。
入会年度に差があれ、付き合ってきた期間に差があれども、皆さんとお別れする日がやってきました。エコノミークラブでは誰とどんなことを語り合い、どんなことを伝え合い、何を一緒にやっていくか、そんなことが一番大切な目的なのではないかと私は思います。
ただ、ここで皆さんに「おめでとうございます」と言うには複雑な気持ちもあり、同年代として私も本来はそちらに座っている身としては、上から何か言えることもないですし、下から何か言えることもないですし、すごく複雑な気持ちでここに立っております。皆さんと何を語り合ったか、何を伝え合ったか、若干の思い出話を含めてお話しさせていただきたいと思います。
まずは山口君から。もちろん普段は山口「君」などと呼んだことはなく、幼稚園から中学まで幼馴染・同級生の仲間でした。その後十何年来顔を合わせることなく、消息も聞かず、私がこのエコノミークラブに12年前に入会した時に先輩として、1年か2年早く山口君が入っておりました。それから付き合いも深くなり、特に今年は会長を務めさせてもらう年にあって山口君からは監査役を引き受けていただき、本当に感謝をしております。
「山口節」とも言える口調は、皆さんもご存じかと思いますが、とても笑いにあふれ、時には「ふざけてる」とも思えるような話しぶりでしたが、言うことはキッチリとその中で言ってくれておりました。いまだに思い出されるのは役員幹事会の席で、「ダメなものはダメなんだ」とその口調で言ってくれたのが、私にとって非常にうれしかったことです。山口君には感謝をしております。
続きまして、野島さん。私がリーダーをやった年、1年しかやっておりませんが、その時野島さんは広報委員会に所属しておりました。私がそのリーダーを引き受けた時に一番不安に思ったことは、「リーダーとして何をどうしたいのか」ということをホームページに載せる記事を書かなければならなかった事です。どうしようか悩んでいましたが、幸いにもその年は広報委員会が取材に来てくれ、私と色々な話をしていく中で「どんなグループになるんだろう?どんな事を目指していくんだろう?」、そんな事を記事にしてくれる事をラッキーと思っていました。
その時に来てくれたのが野島さんでした。その時私の考えがうまくまとまっていなかったこともあるのでしょうが、それをすごくいい形でホームページに載せていただけました。今だからこそ弱音を吐けるのですが、その年に何度となくホームページに私のグループの事を書いてくれた野島さんのコメントを読み返しました。「自分はどうあらねばならないのか」とか、「どんな事をするグループでなくてはいけないのか」とか、「自分を見失いそうな時に自分をどう見られなければならないのか」とか、読み返すたびに常々考えていたことを思い出します。野島さんにはとても感謝しております。
小林吾郎君。言わずと知れた人ですが、今年1年間だけの入会になり、1年間だけ共に活動してきました。我々、社会や会社でそこそこ地位のあるメンバーにとって、何かを発するエネルギーみたいなものが必要な立場にあるのが我々だと思っています。たった1年でしたが、全体の活動の中でどれだけ接したか、それは数少ない時間だったかもしれません。ただ一緒に過ごせた、一緒に語り合ったメンバーにとっては、たった数時間話をしただけでこれだけの刺激を受けるものかと思うくらい若手のメンバーは刺激を受けて、ものすごくエネルギッシュになっていった光景が目に浮かびます。それがたまたま知り合ったメンバーであれ、ここで一緒になったメンバーであれ、必死になって伝えてくれる姿勢というものを我々は感じることができました。
「人生の中で会うべき人には必ず会える」という言葉が頭に浮かぶのが今日この瞬間です。我々にとって、ここにいる卒業生の皆さんは「会うべき人であった」と思っています。ただ、我々が卒業生の皆さんにとって「会うべき人間」だったかと考えると、恥ずかしながら疑問符がついてしまいます。しかし、我々が皆さんにとって仲間として会うべき人間であったと、そう思わせたいと今すごく思っています。
なので、きっと卒業された来年以降、我々の活動をどこかで見ていただいて、「こいつらとは会うべき人間だったのだ」と思っていただけるように我々は頑張っていこうと思います。
(祝辞ここまで)
その後、卒業盾が卒業生3人に贈られ、卒業生一人一人から別れの言葉をいただきました。

卒業盾 授与

山口恭典君
五十音順かと思っていましたが、最初の挨拶ということで少し緊張しております。1996年、今から13年前に三条エコノミークラブに入会させていただきました。当時は現役会員の外山君のお父様が会長を務めておられました。入会当時はどんな会なのかわからず不安でいっぱいでしたが、その年の所属グループリーダーが五十嵐範英先輩がリーダーで、サブリーダーが高橋幸治郎顧問でした。幹事が藤原政志顧問と藤田英昭顧問で、非常にインパクトの強い思い出として今も記憶にの中に鮮明に残っております。翌年から幹事をやらせていただいて、非常に勉強になりました。それからずっと幹事や委員など、さまざまな役職を経験させていただいたなかで印象に残ったことを3つほどお話しさせていただきます。
まず1つ目は40周年準備委員会という委員会がございました。その時は藤田英昭顧問が会長をされており、藤田相談役が委員長、私が副委員長として委員会を運営いたしました。準備委員会でしたので2年越しの委員会でした。今思うとこんな委員会は考えられませんでした。公開例会も研修旅行も40周年記念式典もすべて企画・運営しなくてはならない委員会だったからです。そんなことを昔の人間はやったのです。今現役会員の皆さんから見たら「考えられない」と思われることと思います。でも、やったのです。なんだかんだ言ってやったのです。その時のことを振り返ると三条エコノミークラブはすごいなぁと、また自分自身にとって大変いい勉強になったなぁとつくづく思います。
2つ目は公開例会委員長を担当した時のことです。須藤昭顧問が会長の時に委員長を任されて、非常に苦しい思いをしました。その時の担当副会長が馬場相談役で、副委員長は西新一郎君でした。「自分がなったからには自分のやりたい事をやろう」ということで、自分が好きで、著名な社長を呼びたいと考えた一心で、当時すでに評判になっていた楽天の三木谷社長にアプローチをかけてみることにしました。直接電話をして、直接交渉を試みました。電話をすること自体無謀で、結果的にもダメでしたが、いい経験でした。全てにおいて挑戦することはいいことなのだと、私は思って活動しました。
3つ目は本年度、相場会長の下で初めて監査役という難しい役職を務めさせていただいたことです。監査という立場は全てにおいて外側から客観的に見つめなくてはならない。昨年度監査役を務められた芦田先輩にも色々とお聞きしました。その時に芦田先輩は「監査は恵まれているんだよ。なぜならすべてのエコノミー活動に顔を出すことができるのだから。全部出なさい」と仰いました。なので、できる限り出席するようにしました。コンビを組んだ湯本君と順番に出席したわけですが、彼は非常にやさしい男で、私が都合が悪くて出られないと電話をすると「私が出ます」と言ってくれました。非常にいい奴です。そんな彼が次年度会長として承認を受けました。彼はこんな顔をしていますが、芯の強いエコノミー精神の塊のような男です。エコノミー大好き人間はたくさんいると思いますが、その中でもエコノミーを知り尽くした人間です。
最後になりますが、去年の卒業式の時に相場会長が送辞を述べた時の事を私は鮮明に覚えています。「三条エコノミークラブの卒業生は『私は三条エコノミークラブの人間だったんだ』と胸を張って言えるような会にするために私たちは頑張っていく」というような事を仰っておられました。素晴らしい会長です。男の中の男です。有言実行の男です。こんな男を同級生に持って、私は非常に幸せな人間だと思います。
アメリカの詩人でサミュエル・ウルマンという人がいて、「青春」という私が大好きな詩を残しています。「青春とは人生の一時期のことではなく心の在り方のことだ。~(中略)~人間は年齢(とし)を重ねた時老いるのではない。理想をなくした時老いるのである。」と詩っています。私は今日エコノミークラブという素晴らしい会を卒業しますが、理想や夢をずっと追い続けて、これからも生きていこうと思います。ありがとうございました。

野島隆志君
私は1999年にエコノミークラブに入会させていただきました。その年は2000年の前のミレニアムということで、今と違ってお祭りムードが漂っていました。私もそんなお祭り気分で人に誘われて入会したのですが、入ってみると皆さん真剣に会活動に励んでおり、「こんな自分でもできるのかな?」というプレッシャーや、「何をやらされるのだろうか?」という不安でいっぱいでしたが、当時リーダーだった笹川先輩をはじめとしたグループのメンバー達に盛りたてていただいて馴染めることができました。その後は中々顔を出すことができず、今考えると反省することばかりです。
こんな高い席で偉そうに皆さんに話せる立場ではないのですが、色々と貴重な経験を逃している部分もあっただろうと思っています。ただ、このほぼ10年間、皆さんと一緒に活動させていただいて、その間にも新しい会員が入ってきたり、また卒業する人が出て行ったりして会が継続していくことがとても大切なことなのだなと実感しております。こんな私でも暖かく卒業式を開いていただきまして感謝しております。
先ほど山口さんの話にもありましたが、40周年の時に実行委員会の方に声をかけていただいて、委員を務めさせていただいたことがいい思い出になっております。再来年50周年を迎え、長く長く会を続けていくことが大切なことだと思います。企画をしていただいたグループ、そして皆さんに感謝いたします。

小林吾郎君
今年度新入会員として入会し、そして今日卒業します。何度か飲みながら、また入会する時にも行ったことですが、入るにあたって今年度会長の相場君や若衆会のメンバーからエコノミーについて色々と聞いておりました。まずは今年度入会を認めてくれた相場会長はじめとするエコノミーのメンバーの皆様、本当にありがとうございました。そして野水リーダー。こんな偉そうなことばかり言う私と1年間付き合っていただいて、本当にありがとうございました。
入会する前には、あえて批判を受けるつもりで言いますが、「ぬるい会だよ」と何人かの方から聞いておりました。また、幹事会でもなかなか意見が出ないという話も聞きながら入った記憶があります。一度だけ4月に幹事会に出させていただいた時に感じた事ですが、「そんなことないではないか。きちんと議論するべきところはしているではないか」という印象を持ったことは確かです。ただ、ひとつ思うのは残りの10%、15%での厳しさが足りないのかなという印象も持ちました。
たった1年でしたが、エコノミークラブの存在意義を僕なりに考えると、20代30代の同じ世代の青年経済人が一つのグループで集まってお互いが刺激し合い、自分のリーダーシップなりマネジメントのスキルを伸ばして、それを会社に持ち帰って会社を成長させるというものだと認識しています。しかしながら、もしそうだとすれば、いくつか気になる言葉が聞かれることがあります。
「前例がないから、ちょっと難しいかもしれない」あるいは「OBに厳しい事を言う人がいるから」という理由のもとに、自分の判断がぐらつくことがあったのではないかということを、人づてにではありますが聞いたことがあります。もしこのエコノミークラブという会が、自分を変革してリーダーシップのスキルを伸ばし、マネジメント能力を向上させ、そのパワーを会社に持ち帰って実行し、自分の会社を変革することが求められているのだとするならば、前例というものは全く関係ありません。むしろ前例がないからこそやる。「迷ったらGO」、そんな会であってほしいと心から思っています。
OBというものは、感謝して尊敬する存在ではあるものの、自分の考えをぐらつかせる存在ではなく、むしろOBの考えから離れて、自らを変革してこそ、OBの皆さんは喜んでくれるものだと確信しています。ぜひ次年度以降の議論において「前例」という言葉が出てきたら、「関係ない」と軽くふき飛ばして、本来やるべきスキル向上、人間力向上のための議論と事業を展開してくれる事を期待しております。
最後に、もし20年後くらいに私の所属する中央製版という会社が存在していて、私の子供が会社に入ることを決断した時に、「昔はJC・エコノミーって頑張っていたけど、今入れるならエコノミーだね」と言われるような会にしてほしいですし、その礎を作るのは今ここにいる皆さんだと確信しております。短い間でしたが、ありがとうございました。

卒業生 退場

無事、卒業式は終了し、懇親会にて卒業生とともに親睦を深めました。
卒業おめでとうございました。

